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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)98号の3 判決 1984年9月06日

原告

久下實

原告

塚本洋治

原告ら訴訟代理人弁護士

草島万三

清水洋二

東城守一

岡本敦子

被告

東京郵政局長 松澤経人

被告

右代表者法務大臣

住栄作

被告ら訴訟代理人弁護士

星正夫

被告ら指定代理人

橘田博

長澤幸一郎

岡田敏男

井原弥四郎

堀尾昌司

寺沢誠

秋葉信明

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告東京郵政局長が昭和四二年一〇月二〇日付けで原告らに対してした各懲戒免職処分を取り消す。

2  原告らと被告国との間で、原告らが郵政職員の地位を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二  被告ら

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告久下實(以下「原告久下」という。)及び同塚本洋治(以下「原告塚本」という。)は、いずれも昭和四二年一〇月当時、東京郵政局所轄の城東郵便局(以下「城東局」という。)に勤務する郵政職員であった。

2  原告らの任命権者である被告東京郵政局長は、原告らを、いずれも同月二〇日付けで懲戒免職処分(以下「本件各処分」という。)に付した。その理由は、処分説明書によれば以下のとおりである。

(一) 原告久下の処分理由

「貴職は、城東郵便局集配課主任として勤務のものであるが、さきに懲戒処分に付され将来を厳重に戒められていたにもかかわらず、昭和四二年五月一一日ごろから同年八月三一日ごろまでの間において、同局管理者の再三にわたる解散命令を無視して無許可集会を開催し、あるいは多数の職員とともに再三にわたり解散命令を無視して同局管理者に対して執ように抗議し、同局保険課長の右足を蹴ったほか、解散命令を発した同局集配課副課長の携帯マイクに手拭を押しあて、さらに集団抗議の状況を撮影しようとした同局山口庶務会計課主事を押す等してその職務を妨害し、また多数の職員を指揮して同局管理者をとりかこんで激しく抗議し、同局局長の右足を蹴り加療約一週間を要する傷害を与えたばかりでなく、就労命令を無視して勤務を欠く等し、著しく職場の秩序をびん乱したものである。」

(二) 原告塚本の処分理由

「貴職は、城東郵便局集配課勤務のものであるが、昭和四二年八月二五日多数の職員とともに同局管理者をとりかこみ執ように抗議し、解散命令を発していた同局庶務会計課長の背部を肘で突く等したばかりでなく、同年同月三〇日同局管理者の再三にわたる解散命令を無視して多数の職員とともに同局管理者をとりかこんで激しく抗議し、同局庶務会計課長の右脇腹を手拳で強く突き、さらにみずおち付近を再三にわたって肘で突く等して加療約二週間を要する傷害を与える等し、著しく職場の秩序をびん乱したものである。」

3  原告らはいずれも、同年一〇月二六日、人事院に対し、本件処分を不服として審査請求をなしたが、右請求の日から三か月を経過しても裁決がない。

また被告国は、原告らが郵政職員の地位にあることを争っている。

4  しかし、本件各処分はいずれも違法であるので、原告らは、その取消しを求めるとともに、被告国との間で、原告らが郵政職員の地位にあることの確認を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4は争う。

《以下事実略》

理由

第一事実の認定

一  原告らの地位及び本件各処分の成立等

以下の1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

1  原告久下は、昭和四二年一〇月当時、郵政職員として城東局集配課主任の地位にあり、また全逓においては城東支部書記長の役職にあったところ、その任命権者である被告東京郵政局長中田正一は、同原告を、請求原因2(一)記載の処分理由により同月二〇日付けで本件懲戒免職処分に付した。なお、同原告は、郵便業務の正常な運行を阻害したことを理由として昭和三三年九月二〇日停職六月の、違法なビラ貼りをしたことを理由として昭和四一年三月九日戒告の各懲戒処分を受け、更にスト参加を理由として同年七月八日訓告処分を受けていた。

2  原告塚本は、昭和四二年一〇月当時、郵政職員として城東局に勤務し、城東支部に所属する一組合員であったところ、その任命権者である被告東京郵政局長中田正一は、同原告を、請求原因2(二)記載の処分理由により同月二〇日付けで本件懲戒免職処分に付した。なお同原告は、スト参加を理由に昭和四一年七月八日訓告処分を受けていた。

3  原告らは、いずれも昭和四二年一〇月二六日、人事院に対し、本件処分を不服として審査請求をしたが、右請求の日から三か月を経過してもこれに対する裁決がない。また被告国は、原告らが郵政職員の地位にあることを争っている。

二  城東局における労使関係の実情

(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。

昭和四一年当時、城東局では、郵便物の大幅な遅配が続き、一日三〇〇〇ないし四〇〇〇通の滞留が常態となっていた。吉田局長は、同年七月着任後、このような状態の原因を調査した結果、当時同局においては、始業、終業の時刻を守らない者が多い、勤務時間中の無断離席や雑談等が多い、故意に作業能率を低下させる等の業務規制が行われている、勤務時間中麻雀をしている者がいる等の職場規律の乱れがみられ、これが前記業務遅滞の主要な原因となっているとの結論を得た。

そこで、同局長は、右職場規律の乱れに対し、賃金カット等を含む厳然たる態度による是正策を講ずることとし、同年八月一七日、城東支部三役に対し、(一)勤務時間の厳守、(二)不就労に対してはノーワーク・ノーペイの原則で対処する、(三)局内での麻雀は厳禁する旨通告し、かつ全職員にその旨周知させた。そして、同局長は、右是正策を実行に移すため、管理職に職員の勤務状態や始業時刻の遵守状況を点検させる等の体制を採るようになった。

また、同局長は、本来当局の責任で行うべき業務運営に対し組合が不当に介入しているとして、組合の介入を排除する対策を採ることとした。まず、従来城東局においては、正規の団体交渉の他に各職場において管理者とその職場の組合員の代表者との間で行われる職場交渉といわれるものが慣行的に確立しており、これが各職場単位における日常的な苦情の処理あるいは正規の団体交渉での決定事項の具体的運用の協議の場としての機能を果たしていたが、同局長は職場交渉を認めないとし、各課長が個別に組合と話し合うことを禁止した。更に、同局長は、正規の団体交渉についても、交渉事項はいわゆる三六協定と二四協定の締結に関するものに限られるとして、それ以外の議題を制限し、また交渉人員の数にも制限を加えるようになった。

このような中で、城東支部は、当初「組合としても反省すべき点は反省する」と言明していたけれども、同局長の前記のような措置に対して内部から不満の声が出るようになり、同年九月ころからは「既得権奪還」のスローガンを掲げて吉田局長追放運動を展開するようになった。そして、同年の年末年始の繁忙期における超勤命令拒否、物だめ闘争を経過した後、翌四二年に入ると、同支部は、同年春期闘争、集中処理局設置に伴う合理化反対闘争等において、同局長追放運動とからませて業務規制闘争を行うようになり、吉田局長側と組合との対立、不信感はますます深まって行った(以上のうち、吉田局長が昭和四一年八月一七日城東支部三役に対し前記のとおり通告したこと、組合が昭和四二年春期闘争及び集中処理局設置に伴う合理化反対闘争に取り組み、その中で局長問題も併わせて取り上げたことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

三  原告久下の行為

1  昭和四二年五月一一日の集会

(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。

城東支部執行委員会は、昭和四二年五月二日、全逓中央本部からの指導により、当時全逓が取り組んでいた合理化反対闘争等に向けての団結を強めるため、各課単位で集会を開催することを決定し、これに基づき、郵便課、保険課等で順次集会が開催され、集配課分会においても右の集会を開催するため、同月九日、同課分会清水執行委員名義で吉田局長に対し、いずれも組合業務を目的として城東局会議室を同月一一日及び一二日の両日使用したい旨の庁舎使用許可願を提出した。同局長は、これに対し、全逓が同月一〇日の指令第三二号により、同月一七日に二時間、二四日に半日の各ストライキを決行する体制を確立すること、及び同月一六日以降業務規則闘争に突入することとの闘争指令を発したため、東京郵政局の指示に従い、右指令は公共企業体等労働関係法一七条一項に違反するとして、前記許可願につきいずれも許可しないこととし、同月一一日午前中に、同局庶務会計課主事内海信直を通じて清水執行委員及び原告久下に対してその旨及び理由を通知した。

このような経緯で会議室の使用が許可されていなかったにもかかわらず、同日午後四時七分ころから五時一六分ころまで、同会議室において、集配課員約四〇名による職場集会が開催され、小久保青年部長がこれを司会した。原告久下もこれに参加したが、この中で、同原告は、開会後間もなく無許可集会として解散命令を発した貝藤課長に対して抗議し、更に午後四時三六分ころ、集合した集配課員に対し、「中に入ってやろう。」と言って全員を集め、同課長らの再三にわたる解散命令を無視して集会を続行した(以上のうち、同月九日、城東支部から吉田局長に対し会議室使用許可願が提出されたこと、会議室の使用が許可されていなかったこと、右のような職場集会が開催されたこと、貝藤課長らが再三解散命令を発したこと、及び同原告がこれに従わなかったことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

2  同月一二日の集会

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同月一一日の集会において、前記1認定のような混乱があったため、清水執行委員は、翌一二日に予定していた集会を開くべきかどうかを城東支部長大塚勝三及び東京地本の井上章執行委員に相談したところ、二人とも集会を開くよう指示をした。そこで、同月一二日においても会議室の使用が許可されていなかったにもかかわらず、同日午後〇時三三分ころから同五一分ころまで、同局会議室において、集配課員約六〇名による集会が開催され、小久保青年部長がこれを司会した。原告久下もこれに参加し、解散命令を発した吉田局長及び貝藤課長に対して抗議し、右両名の再三の解散命令に従わない態度を示し、また参加者全員に対して会場使用について説明をし、更に「青年婦人部長の指揮で歌を歌って終わることとする。」と指示するなどした(以上のうち、会議室の使用が許可されていなかったこと、会議室において集配課員約六〇名を集めて集会が開催されたこと、吉田局長及び貝藤課長が再三にわたり解散命令を発したこと及び同原告がこれに従わなかったことは、当事者間に争いがない。)。

右の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

3  同年八月七日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

原告久下は、同月七日午後〇時三〇分ころ、東京地本の井上、松本、光瀬各委員及び集配課職員等五〇ないし六〇名と共に、城東局局長室前廊下において、同局郵便課の野本孝が同月五日付けで保険課へ配置転換されたことについて、吉田局長に面会を求めて局長室内に押し入ろうとし、これを阻止しようとして局長室内に集まった管理職数名の解散命令を無視して騒ぎたて、同五〇分ころ管理職の阻止を突破して集配課員約二〇名と共に局長室内に乱入したが、その際、阻止にあたっていた佐久間課長に対し、右ひざを一回蹴る暴行を加えた。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

4  同月一九日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同日午後〇時ころ、集配課四一区道順組立棚前において、中島副課長が同日午前中の一号便の持戻り状況を調査していたところ、清水執行委員ら集配課員数名が同副課長を取り囲んで、この調査は組合活動家のみを対象としているとして、その理由を説明せよと抗議を始め、やや遅れて原告久下をはじめとする集配課員約三〇名もこれに加わり、金沢課長及び中島副課長の解散命令を無視して抗議を続けた。この中で同原告は、同課長に対し、「何故特定の区の物数を調べるのか説明しろ。」、「あんたはここの責任者だろう。ロボットじゃないだろう。課長、説明してくれないか。」等と発言し、他の組合員と共に〇時一五分ころまで騒ぎたて、同副課長らの前記業務を妨害した。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  同月二二日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同日午後四時七分ころ、金沢課長が集配課長席において翌日の分担、業務運行の対策、担務変更についての事務を執っていたところ、同原告は、清水執行委員ら約三名と共に同課長のところへ来て、同課長が同日午後三時三五分ないし四〇分ころ配達から帰局した四方田春彦及び栗本愛次に対し持戻り郵便物について再度配達に出発させたことに関して説明を求め、同課長、中島副課長及び千葉課長らの再三にわたる解散命令を無視して、「三時すぎになって帰局が早いから配達に出るように命じた理由を言え。」、「ひどいじゃないか、私らどうなってもいいのか。」、「解散しか言えないのか、責任者だろ。」などと発言して他の組合員らと共に午後四時二三分ころまで騒ぎたて、同課長の前記業務を妨害した(以上のうち、同課長が、四方田及び栗本に対し再度配達に出るよう命じたことについては、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

6  同月二四日の件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同月二四日午後四時一〇分ころ、金沢課長及び中島副課長が集配課事務室において執務中、小久保青年部長が、右両名に対し、同日同副課長が午後の二号便作業開始と同時に直ちに一号便の持戻り郵便物の配達に出発するよう命じたことにつき同課長及び同副課長に対し抗議を始め、続いて原告久下を含む集配課及び郵便課職員約五〇名がこれに加わった。この中で原告久下は、同課長及び同副課長の解散命令を無視して、「それでも責任者か。理由を言え。あんたは解散しか言えない男だ。そうだろう。」などと発言して、他の組合員と共に四時三五分ころまで騒ぎ立て、同課長及び同副課長の前記各業務を妨害した。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

7  同月二五日の事件

(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。

同月二五日午後四時五分ころ、金沢課長が集配課長席において遅延郵便物の翌日の配送対策と分担の変更事務を執っていたところ、まず清水執行委員を始めとする二、三名の組合員が来て、管理職が始業時に就労時刻を点検記録していることについて抗議を始め、続いて原告久下を先頭に約六〇名の集配課及び郵便課の職員が来てこれに加わった。そして同原告は、金沢課長、中島副課長、千葉課長らの再三にわたる解散命令を無視して、「それでも責任者か。同じことしか言えないのか。あんたは解散しか言えない男だ。理由を言え。」、「窓口を通せばやるのか。約束しろ。責任が持てないくせに何を言う。」などと発言し、他の組合員と共に四時三五分ころまで騒ぎたて、金沢課長の業務を妨害した。また右集団抗議に対して、中島副課長が携帯用スピーカーで解散命令を発したところ、同原告は、「うるさい、黙れ。」と言って手ぬぐいを広げてそのスピーカーの開口部に押し当て、同副課長の右業務を妨害した。更に同原告は、右集団抗議の状況を写真撮影しようとしていた山口主事に対し、「そんなことをするな。」、「おれといっしょにこっちへ来い。」と言って左半身で同主事の身体を押しつけ、その業務を妨害した。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

8  同月二六日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同月二六日午後四時六分ころ、集配課長席において金沢課長が同日の配達業務の運行内容を検討していたところ、清水執行委員が来て、同課長に対し、「三点について聞きたい。」と話しかけ、続いて原告久下を含む集配課及び郵便課職員約六〇名が来て同課長を取り囲んだ。この中で同原告は、吉田局長及び同課長らの再三にわたる解散命令を無視して、集団の先頭に立って、同課長に対し、「お前さんは馬鹿の一つ覚えで解散しか言えないのか。お前さんは責任者だろう。何とか言ったらどうだ。馬鹿か無能力だからだめなんだ。窓口を通せばやるのか。前から理由を聞きたいと言っているだろう。」等と発言し、他の組合員と共に四時一五分ころまで騒ぎたて、同課長の前記業務を妨害した。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

9  同月三〇日の事件

(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。

同月三〇日午後〇時三分ころ、中島副課長が、集配課事務室道順組立棚二四区前において一号便持戻り数を調査していたところ、原告久下は、約一〇名の集配課員と共に同副課長を取り囲み、同日朝の遅刻者について全逓の組合員と非組合員との間で差別的取扱いがあるとしてその理由の説明を求め、同副課長がこれを拒否したにもかかわらず、やがてこれに加わった四、五〇名の組合員と共に「具体的な話を聞け。」等と言ってしつこく迫り騒ぎたてた。〇時五分ころ、この騒ぎを知って吉田局長らが現場にかけつけ、解散命令を発すると、同原告は、「中島副課長には仕事をやらせてやれ。」と集まった組合員に命じる一方、「こんどは局長だ。」と叫んで他の組合員と共に同局長を取り囲み、「局長、交渉をしろ。会うのか、会わないのか。」等と言って抗議を続けた。その後、同局長は、組合員の集団による圧力によりその場に押し倒されたが、〇時一五分ころ囲みから脱出した。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

この日の事件について、原告らは、原告久下は当初右集団抗議の場にはおらず、中島副課長が解散命令を発した時点で初めて組合員らの集団の後方に来て事態を見守っており、前方に出たのはその後吉田局長が来た後であると主張し、(証拠略)には、ほぼこれに沿う部分が見られる。しかし、(証拠略)によれば、人事院における昭和四四年九月九日の審理期日において、原告久下自身が、同原告が右集団抗議の冒頭に中島副課長に説明を求めて抗議の口火を切ったことを前提とした質問を中島隆治に対してしていることが認められるのであって、このこと等に照らせば、前記各部分はいずれも到底信用することができない。

一方、被告らは、右集団抗議において、原告久下が吉田局長の右足下部を一回蹴る暴行を加えて同局長に傷害を負わせたと主張し、(証拠略)には、右主張に沿う部分が存する。しかし、前掲各証拠により認められる当時の管理者及び組合員が密集した状況並びに同局長が蹴られたという瞬間における同局長の体勢等に照らせば、千葉課長や吉田局長において、真実原告久下の暴行を視認しえたかどうか強い疑問が存するのであって、当日同局長が通院加療約一週間を要する右下肢打撲傷の傷害を負ったことは、(証拠略)により認められるものの、少なくとも、原告久下が同局長の右足を故意に蹴ったと認定するには、なお相当程度の合理的な疑いが存するものといわなければならず、同原告の右暴行は、結局これを認めるに足りる証拠がないといわなければならない。

10  同月三一日の欠勤

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

八月三〇日に起った右9の事件に関して労使双方が互いに告訴するという事態になり、事実調査のため全逓中央本部役員及び弁護士が翌三一日に城東支部を訪れることになった。原告久下は、当日は小包配達の担当であったが、右の本部役員及び弁護士の接待のため、組合業務の執行を理由として、当日朝欠勤届を提出した。しかし、同日の小包の個数は書留四三個、普通三九八個であった他前日の未配達分もあったところ、当日担務の振替え可能な者の中で、原告久下のように四輪自動車の運転免許を有する者がいなかったため、同原告の欠勤を認めると当日の小包配達業務に相当程度の支障が出る状況にあった。そこで金沢課長は、同日午前八時ころ及び八時二五分ころの二回にわたり、同原告に対し、業務に支障があるから欠勤は認められず、直ちに就労するよう命じたが、同人はこれに応じず当日一日欠務した(以上のうち、同原告が組合業務執行を理由とする欠勤届を提出したこと、金沢課長が、同日右各時刻ころ同原告に対し業務支障を理由に就労を命じたこと及び同原告がこれに応じず当日一日欠務したことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、原告久下本人尋問の結果中これに反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

なお、原告らは、同日金沢課長が原告久下の欠勤を認めず就労を命じたのは、真実業務の支障を理由とするものではなく、前記9の事件に関する報復としてなされたものであると主張するが、本件全証拠によっても、右主張事実を認めることができない。

四  原告塚本の行為

1  同月二五日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同月二五日、前記三の7認定のとおりの集団抗議が行われたが、原告塚本もこれに加わり管理職の解散命令を無視して金沢課長の業務の執行を妨害したほか、集配課長席脇において解散命令を発していた阿部課長の右耳元で「うるせえ。」、「何言っていやがんでえ。」等と大声で叫び、更に、同日午後四時二五分ころ、同課長の背部を右肘で二、三回小突く暴行を加えた。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

原告塚本は、右のような暴行を加えたことはなく、当時原告塚本と容ぼうや体格が酷似していた栗本愛次のした行為を原告塚本が行ったものと人違いをされたものであると主張する。しかし、(証拠略)を対比してみると、原告塚本と栗本愛次とが容ぼう等において似ているとは到底いえない。

また、証人阿部二郎の証言によれば、右暴行の被害者である阿部二郎はこの事件の一〇日前である同月一五日に城東局庶務会計課長に赴任してきたばかりであって、集配課員の原告塚本の顔を知らなかったことが認められるけれども、原告塚本の前記暴行を直接視認した旨供述(現認書等も含む。)しているのは外山雄三及び金沢浩次であることは記録上明らかであるところ、証人金沢浩次の証言によれば、当時同人は、同局集配課の課長に赴任して一年一か月を経過していたことが認められるから、同人において、同原告と栗本を誤認するとは考えにくいし、証人外山雄三の証言によれば、同人はこの事件の約一年前から城東局の庶務会計課主事であって労務を担当していた関係上、原告塚本の顔も栗本愛次の顔も知っており、両名を混同するようなことはなかったことが認められるから、同人において原告塚本と栗本愛次とを誤認したとも考えにくい。更に、金沢浩次や外山雄三が栗本愛次の行為を原告塚本の行為であるとあえて虚偽の供述をしなければならないような理由も見当たらない。従って、原告塚本の前記主張は採用できない。

2  同月三〇日の事件

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

同月三〇日、前記三の9認定のとおりの集団抗議が行われたが、原告塚本もこれに加わり管理職の解散命令を無視して中島副課長の前記業務を妨害したほか、同原告らを解散させようと現場に赴いた阿部課長に対し、同日午後〇時八分ころ、道順組立棚二三区前付近において、左肘で同課長のみぞおち付近を数回突く暴行を加え、同一二分ころ、同二四区前付近において、右手拳で同課長の右脇腹を一回突く暴行を加え、更に同一七分ころ、集配課休憩室前において右肘で同課長のみぞおち付近を数回突く暴行を加え、右三回にわたる暴行により、同課長に対し加療約二週間を要する上腹部挫傷の傷害を負わせた。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他にこの認定を左右するに足りる証拠は存しない。

原告塚本は、阿部課長に対する右の暴行傷害についても八月二五日の事件と同様栗本愛次を原告塚本と人違いをしたものであると主張する。しかし、同人と原告塚本が容ぼう等において似ているとは到底いえないこと、及び少なくとも金沢浩次が右両名を誤認するとは考えにくい(同原告の前記暴行を直接視認した旨供述しているのは金沢浩次、内海信直及び阿部二郎であることは本件記録上明らかである。)ことは前記四1において説示したとおりであるし、また、(証拠略)には、同原告の阿部二郎に対する暴行についての供述のほかにこれとあわせて、一六区組立台付近において栗本が外山主事の写真撮影を妨害していた旨の供述も見られるのであって、このことは、金沢が前記両名を区別して認識していたことを示しているものということができる。更に、金沢浩次、内海信直及び阿部二郎が栗本愛次の行為をことさら原告塚本の行為であると虚偽の事実を供述しなければならない理由もうかがうことができない。

一方、被告らは、原告塚本が、同日、吉田局長に故意に痰唾を吐きかけたと主張し、(証拠略)によれば、原告塚本が吉田局長に大声で抗議をした際に吉田局長の顔面に唾が付いたことが認められるものの、右各証拠によっても、原告塚本が故意に吉田局長に唾を吐きかけたとまでは認めることができず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠は存しない。よって、被告らの主張する右事実は、これを認めることができない。

第二判断

一  原告久下の行為について

1  無許可集会

昭和四二年五月一一日及び一二日に、城東局会議室において、同室の使用許可を受けていないにもかかわらず組合の集配課分会の集会が開催され、原告久下もこれに参加し、かつ管理者の解散命令に抗議する等集会の開催について積極的な役割を果たしたことは、前記第一の三の1及び2で認定したとおりである。そこで、同原告の右行為が懲戒処分の対象となるか否かにつき検討する。

成立に争いのない(証拠略)によれば、郵政省就業規則一三条七項は、「職員は、庁舎その他国の施設において、演説若しくは集会を行ない、又はビラ等のちょう付、配布そめ他これに類する行為をしてはならない。ただし、これらを管理する者の事前の許可を受けた場合は、この限りでない。」と定めていることが認められ、また成立に争いのない(証拠略)によれば、郵政省庁舎管理規程七条は、「庁舎管理者は、庁舎等において、演説、ビラ等の配布、その他これに類する行為をさせてはならない。ただし、庁舎等における秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、これを許可することができる。」と定め、また同三条は、「職員は、庁舎管理者が、庁舎管理上必要な事項を指示したときは、その指示に従わなければならない。」と定めていることがそれぞれ認められる。そして、城東局における「庁舎管理者」は同局の局長である吉田局長であることは(証拠略)により明らかであるから、結局、同局長が会議室の使用を許可しなかったことの当否が問題となる。

国の庁舎の管理権者は、公物たる庁舎の存立を維持し公務の円滑な遂行を図るため、その庁舎につき合理的・合目的的な秩序を定立し、公務員その他の者に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、又は具体的に指示、命令することができ、公務員でこれに違反する行為をする者がある場合には、その任命権者は、その者に対し、制裁として懲戒処分を行うことができるものと解するのが相当であり、また、公務員の労働組合又はその組合員が、庁舎管理権者の管理する庁舎であって定立された秩序のもとに公務の運営の用に供されているものを、その管理権者の許諾を得ることなく組合活動のために利用することは許されないものというべきであるから、右の労働組合又はその組合員が庁舎管理権者の許諾を得ないで庁舎を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該庁舎につきその管理権者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、職場環境を適正良好に保持し規律のある公務の運営態勢を確保しうるように当該庁舎を管理利用する庁舎管理権者の権限を侵し、公務の秩序を乱すものであって、正当な組合活動として許容されるところであるということはできない(最高裁昭和五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)。

以上の見地に立って本件について検討する。(人証略)によると、前記集会が行われた会議室は吉田局長の管理する庁舎の一部であり、郵便局の業務のため使用されるべきものであって、全逓の組合やその組合員が当然には使用を許されていないものであると認められるところ、吉田局長が会議室の使用を許可しなかったのは、全逓が同年五月一〇日、ストライキを決行する体制を確立すること及び業務規制闘争に突入することとの指令を城東支部に対して発したため、右指令が公共企業体等労働関係法一七条一項に違反するとしたためであることは前記第一の三の1において認定したとおりである。そして、このような指令が発せられた場合において、吉田局長が、城東支部に対し施設の利用を許諾することは違法行為を助長する結果となるおそれが大きいと判断したことについては相当な理由があるというべきであるから、同局長が会議室の使用を許可しなかったことについて権利の濫用であると認められるような特段の事情はないものというべきである。なお、(人証略)によると、昭和五二年五月の各課単位の集会は既に郵便課等集配課以外の課については五月一一日以前に実施され、吉田局長もこれらの集会のために庁舎を貸与することは許可していたことが認められるけれども、その後前記のような指令が全逓から発せられたのであるから、従前庁舎使用を許可していたからといって、集配課分会の会議室使用を許可しなかったことをもって権利の濫用とすることもできない。この点に関し原告らは、抗弁に対する原告らの主張2の(一)においていろいろ主張するけれども、いずれも独自の見解であってにわかに採用することはできない。

従って、会議室使用の許可を得ないで開催された同年五月一一日及び一二日の各集会は正当な組合活動として許容されるものということはできないというべきである。

よって、前記第一の三の1及び2に認定した同原告の行為は、庁舎管理権者の許可なく開催された集会に参加し、管理権者の解散命令に従わず、かつ、その集会の開催について積極的な役割を果たした点において、国家公務員法八二条一号及び三号に該当するということができる。

2  集団抗議及び暴行等

原告久下が、同年八月七日から同月三〇日にかけて、局長室へ乱入したこと、管理職に対し集団抗議をしたこと、解散命令に従わなかったこと、及び、管理職に対し暴行を加えたこと等は前記第一の三の3ないし9においてそれぞれ認定したとおりであるところ、右の各行為は、国家公務員法九九条に違反し、同法八二条一号及び三号に該当する。

3  欠勤

原告久下が、同年八月三一日、欠勤届を提出したところ、上司である金沢課長から業務に支障があるから欠勤は認められないとして就労するよう命じられたが、これに従わなかったことは第一の三の10において認定したとおりである。

そこで、右行為が懲戒処分の対象となるか否かにつき検討すると、(証拠略)によれば、郵政省就業規則一一条は、「職員は、所定の勤務時間に執務することができない場合には、あらかじめ所属長に申し出てその承認を得なければならない。ただし、病気その他のやむを得ない理由によりあらかじめ申出のできなかったときは、事後すみやかに申し出なければならない。」と定めていることが認められる。そして、前記認定した事実に照らせば、金沢課長が原告久下の欠勤を認めずに就労命令を発したのは、業務上やむを得ない理由に基づく合理的なものであったということができるから、原告久下の行為は、国家公務員法九八条一項に違反し、同法八二条一号及び二号に該当し、懲戒処分の対象となるものというべきである。

4  情状及び懲戒免職処分の相当性

まず無許可集会(前記第一の三の1及び2)については、前記認定のように、同原告が主催者としてこれを開催したものではないけれども、同原告は、単に集会に参加したにとどまらず、管理者の解散命令に抗議し、あるいは集会の進行を指揮する等積極的かつ中心的な役割を果たしており、同原告の責任はかなり重いものと評価される。

次に、第一の三の3の暴行については、非違行為の中でも最も厳しく非難されなければならないものの一つであることは明らかであるし、また、集団抗議等(第一の三の3ないし9)は、前記各認定した事実に照らせば、多数の組合員が集団で業務執行中の管理職に対し抗議と称して話合いを強要し、管理職の解散命令に従わずに騒ぎ、業務の執行を妨害したものであるところ、原告久下は、いずれも中心的又はこれに近い役割を果たしていたものといえるのであって、これらの集団抗議及び暴行等が、各職場における日常の苦情処理についてもいわゆる職場交渉を禁止し日常の苦情処理等について課長等の管理職が個別に組合員と話し合うことを禁止したこと、また、正規の団体交渉においても議題や交渉人員を制限したこと等の吉田局長の労働組合に対する前記第一の二記載のようないささか性急かつ硬直的ともいえる態度に起因する点がないわけでもないと考えられることを斟酌しても、なお、同原告の右行為についての情状はかなり重いものであると言わざるを得ない。

以上の各点と、前記第一の一に認定した同原告の処分歴を総合勘案すれば、同原告に対し懲戒免職処分をもって臨むことは、まことにやむを得ないものといわなければならない。

二  原告塚本の行為について

1  集団抗議及び暴行・傷害

原告塚本が、同月二五日及び三〇日の各集団抗議に参加し、かつ阿部課長に対して暴行や傷害を加えたことは前記第一の四の1及び2で認定したとおりであるところ、これらの行為は、国家公務員法九九条に該当し、同法八二条一号及び三号に該当する。

2  情状及び懲戒免職処分の相当性

前記認定した事実によると、原告塚本は、集団抗議においては必ずしも中心的な役割を果たしていなかったといえるが、阿部課長に対する暴行及び傷害の点は、その態様において執ようであり、また同月三〇日の傷害については、その結果も決して軽いとはいえず、右暴行、傷害が偶発的な犯行とみられることを考慮しても、原告塚本の右各行為は極めて悪質なものとして、厳しく非難されなければならない。

以上の点と、前記第一の一に認定した同原告の処分歴を総合勘案すれば、同原告に対し懲戒免職処分をもって臨むことは、まことにやむを得ないものであるといわなければならない。

三  個人責任の不存在の主張について

原告らは、本件処分理由たる原告らの各行為は、いずれも、東京地本の指令に従った城東支部執行委員会での決定に基づいて行われ、あるいは全逓中央本部から東京地本を通して城東支部に対して指令のあった行動、又は同支部執行委員会の決議に基づき同支部として行った活動であるから、これらにつき原告らの個人責任を問うことはできない旨主張するが、仮にそのような事実があったとしても、原告らの行った行為が正当な組合活動として認められるものでないことは前記認定の事実から明らかであって、原告らがそれにつき個人として国家公務員法に基づく責任を負うのは当然であり、右の主張は到底採用することができない。

四  処分権濫用の主張について

原告らはまた、本件各処分が甚しく不公平であって信義則に反し、処分権の濫用に当たると主張するけれども、この点については何ら具体的な主張ないし立証がなく、また本件につき、原告らに対しいずれも懲戒免職処分をもって臨むことは、処分権者である東京郵政局長の裁量権の範囲内の行為としてやむをえないことは前記一の4及び二の2において説示したとおりであるから、右主張は採用できない。

五  不当労働行為の主張について

1  原告らは、本件各処分は、いずれも原告らが全逓の組合員であることを嫌ってした不利益取扱い、支配介入の不当労働行為である旨主張するので、以下判断する。

まず原告久下については、本件処分当時同原告が城東支部書記長の地位にあったことは当事者間に争いがなく、また活発に組合活動を行っていたことは弁論の全趣旨により認められるところであるが、さきに認定したように同原告の犯した行為は懲戒免職処分に値するものであるから、右の各点をもってただちに同原告に対する本件処分の動機が同原告が全逓の組合員であることを嫌ったことにあるということはできず、他に、同原告に対する本件処分が不当労働行為であることを認めるに足りる証拠はない。

また原告塚本については、同原告が単なる一組合員であって役職についていなかったことは当事者間に争いがなく、また活発に組合活動を行っていたとの点については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りないから、同原告に対する本件処分が、同原告が全逓の組合員であることの一事をもってそのことを嫌ってなしたものであるとただちにいうことはできないし、他に右処分が不当労働行為であると認めるに足りる証拠はない。

よって、原告らの右主張は、いずれも失当である。

2  また原告らは、本件各集団抗議は団体交渉権の行使としてされた正当な組合活動であるから、これを理由としてされた本件各処分はいずれも不当労働行為であるとも主張するが、前記認定の各事実によれば、本件各集団抗議はいずれもその態様等において組合活動としての正当性の限界を逸脱したものであるというべきであるから、右主張も採用できない。

六  むすび

以上によれば、本件各処分はいずれも適法であって、所論の違法は存しない。

第三結論

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 矢崎博一 裁判官 原啓一郎)

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